先生はほとんどが女性。

子どもは家庭生活

だから、陰口や姑の嫁いびりや、愚痴や嘆きのたいそうなことは目に余るものでした公然たる一家の首長の指令の下、物々しい冠婚葬祭のとりきめに従い、町や村の伝統的なやり方にはめ込まれた日々の生活、それが社会全体の秩序を守っていたのです。
世界中の人々の暮らしが変わりましたなんといっても産業流通や情報通信の発達が、人々の生活様式をすっかり変えてしまいました。大家族から核家族への移行は実に急速なもので、戦後半世紀余の生活形態の変化に対応しきれぬ人々のとまどいや乱れは、未だに混乱をきわめていると言ってもいいで二度の世界大戦のあと、しよう自分をしっかり捉えなおす大家族時代の、一家の長がとりしきる窮屈きわまりない暮らしも大変なものではあったでしょうが、それなりにどっしりと安定していたものです。
子どもがその目標を見つけることができるよう

いじめに参加する

核家族となってからは、一戸一戸狭い枠組みの中で、それぞれの勝手な気分がぶつかりあい、しかも個々バラバラな暮らしへの不安、人々への不信感もあって、これはこれでかなり大変なのだということが戦後の五十余年のうちに、私たちの深い現実感になってきているのです。
まあ、あまり難しく考えることはいい加減にしておいて、要するに、人間って結局、私がこれまで一貫して主張しているように、自分が自分でありたい-我一方で、人にも認めてもらえてこその心の落ち着きがほしいと思うため-超自我、古い時代のいいところは思い起こし、新しい時代でこそ得られる長所にも感謝して、生きていられる時間って過ぎてみればアッという間のことなのですから、楽しい時間、充実した思いを貪欲に求めていきたいものです-自我の確立
ああ、気づくことの遅すぎる日々無いものねだりは極力やめておく。
偶然であっても自分が求めてそうなったのであっても、あるものをあるがままに最大限に生かすことです。
老父母と思いがけぬ成り行きで、ともに暮らさざるを得なくなったり、すっかり頼りにしきっていた母親を震災で亡くしてみて、老齢でありながらよくあれだけ家事一切を仕切ってくれていたものだと感謝したり。

 

母さんはしよう

口ぐせの愚痴を自分たちは無視するばかりか、逆に被害者意識で文句ばかり言い返していたのだなあ、と反省したり、悔やんだり、母さんごめんとつぶやいて涙をふいたり。気づくことが遅すぎる日々の連続ですね。
·若い世代とは活気が違うお年寄りがいてくれてこそ、共働きが続けられたのだということもあり、逆にお年寄りに口出しされるから夫婦の亀裂が大きくなったのだ、ということもあり、何がいいやら悪いやら私自身、今や正真正銘の老齢に近づいてきました。
やがて、体も気持ちも動きがとれな
くなり、動きがとれないどころか、脈絡のつかないことばかりしでかして、家人やまた状況によっては老人ホームなどにお世話になるやも知れないのです。誰でも年をとってくると、いろんな方々に、どんなご厄介をかけるか、知れたものではないのです。
四十代、五十代は、生き生きした活気の中に自分があるという感じでしたが、六十六歳に近づいた今、私はそういう活気を通り過ぎてきたな、という感じへと日常の思いが自然に変わってしまっているのに気づきます。
子供を持つ
子どもの意こんなこと言ってませんか?

先生はいい長い休みがあると言われる。

老人と接する生きた体験寝たきりの老人がいたからこそ、スポーツ少年である孫も、我を忘れたような跳びはねた日々の暮らしにおさえがきいたんだと、ある母親は語ってくれました。
率直に言って、義母の言いなりになる夫は、嫁としての意識でしか私を見ていない。自分の凄が生き生きと女性として生きる喜びを味わってはいないことを、ちっとも気にしてくれない。夫への不満をいっぱい募らせて今日までを過ごしてきたんです母親の残念さなんか知るはずもなく、大発見夢中の日々ですものね。
子どもは子どもで、ところが、長男の潔が、父親に、ある日、父さんは、おばあちゃんのことを、どう思ってるんだよ
ってちょっと激しい語調で非難しているのですよ。私のいないことを確かめたところで。
私はそっと台所でそれを聞いてしまいました。おばあちゃんがほとんど寝たきりの状態になって、私が大変だということを、子どもはちゃんと見てくれていたのですね。
なんだか日頃の疲れがいっぺんに吹っ飛んでいったように、晴れ晴れしました。
だって、言われたお父さんったら、黙ってしおれて聴いているんですもの。
自分なりに努力したことがちゃんと役立ってると、じわじわ自信がわいたのです。

先生担任の年△組と決められるのまず普通の小

私、愚痴をこぼさない夫や家族を責めないできるだけのことはする疲れすぎた時は、はっきりそういって、手抜きを宣言する「一人ひとりのいいところはできるだけ当人の前で口に出すように努める」などと、自分なりに努力してきたんです。
そのお陰で、家族一人ひとりの様子が変わってきていると思ってはいたんです。
それが、こんな形で確かめられるなんてどんな形であっても、お年寄りがいてくれることがやっぱり大きいのだと、長男のそれからの様子を見て大いに感じたのです。
早練早朝練習に出かける前に、潔君が、うんしょ、うんしょと支えてあげて、背にふとんなどあてがって、窓から空が見えるように起こしてあげているのを見た時、凄として、主婦として、母親として、家族みんながそれぞれに、お互いを大切にする空気が育つているのだと、天にも地にも感謝する思いがこみあげた、と言うのです。
伸ばしてあげてほしいのです

子どもはそれほどお金を使うチャンスもない

叱る拙さに気づいてこそ

心に届く叱り方叱り方って難しいものですね。
例えば、叱られた側の気持ちがくさってしまうような叱り方くどい叱り方
めとても効りはりがなく、なじり倒すような叱り方
果的な叱り方とはいえません。
などは、子どもに嫌がられるだけで、その反対に、すよねよく叱る、激しく叱るのに、とても人気のある先生って、いらっしやいまこういう先生は、叱る時にはピシリと叱り、きりりと引き締まった気持ちにさせたあとは、くどくどと追いつめない。