子どもがその目標を見つけることができるよう

子育てはすから親としてのあらゆる先輩同輩の様子

父親の虚像を対比
ミカが描いたんじゃなーい!と身もだえして、さらにもっと大きなウソを重ねざるを得なくなってしまう。
ただ、この場合、そういう判断がついたわけではなく、ウソのつき方に茫然として声が出せなかったのでした。
お母さんは、あまりにも見事なとことん追いつめない力なくそう!と一言つぶやいたものの、お母さんは次のことばが出ませんでした。
でも、そのまま立ちはだかっている娘に、やつとの思いで言いました。
どれどれ、見せて

ほら、こんな!!
こうぜん浩然と気張って、誰かよその子のいたずらを訴える調子のわが子の態度に合わせていけないわねえ。こんなところに落書きなんてと、つぶやくように言うと、子がそれに合わせて、さも他人を咎めるように
ホントニイケナイコトヲシテイル!

広川君をいじめ続けていた金沢君の家庭は、経済的には裕福ながら、問題で破局寸前。しかも父のふしだらは初めてのことではないのです。
両親は父親の女性担任の清貞先生は、再三私をたずねて来てくれたので、この節の最初のくだりは、私がいじめたほうの金沢君にじかに会って、話を展開するきっかけづくりに頑張った部分なのです。
いくつかの例のポイントを合わせての事例ですが、実際例はとてもとても複雑な現実が重なりあっていて、とてもこんなスペースに書ききれるものではありません。実際にどう向けていくかの示唆にとどめておくことにします。

ウソのつけない子に育てる

·ウソを治す特効薬またウソをついている!
と気になった時は、ちょっとした工夫が大切です。

ほんとうかな?信じられない
とばかりに、それってウソじゃないの?と問いつめると、ウソだとは白状できずに、きっとなって、疑うの?本当なのにとうそぶく「どうしてまた、そんな見えすいたウソばかり言うの。ウソつきは泥棒のはじまりって言うじゃないの。いいの?大泥棒になっても」

学習になるのです。

こんなふうにこわがらせる嫌味は、子どもの元気をなくさせて、むしろもっと悪くなるよう力ませかねないのです。怒らずに黙って、しばらく後に、たとえばこんなふうに言う。
「間違ったことを、間違ったとは言いにくいのに……母さんが今まで怒ってばっかりいたわ。あ、それ、取ってなど、ながらの雑事とともに。間違いだと気づいた時に間違えたことを言っちゃつたと元気を出して言えれば、もっと間違えずにすむのだからね」
つまり、あっさりととりなしてやるのですよ。こわばらすより、ほどくのです。
言う親自身が、自分のことばにほぐされて、胸が切なくなってくるでしょう。
それを·とっさの場合、あせらず一呼吸親が自分自身をこわばらせてしまってはいつもそううまくはいかないものです。
ダメなのです。
といっても、とっさの場合、四歳児の美香ちゃんは、幼いながら事をわきまえたよい子なのに、ある時塗り立ての真っ白い壁に赤いチョークでお人形の落書きをしていた。

教育熱心な親なのであろうか。


子どもが学期末に通信簿をもらってくる先生はほとんどが女性。遠目にその現場を見つけた時のお母さんの驚き。いやそれ以上に、とっさに美香ちゃんのとった行動には、さらに息をつめさせられたのです。
親に見つけられたと思った瞬間、なんと美香ちゃんはその落書きを背でかくすかっこうで壁の前に立ちはだかり、目をむいて大声で
こんなところにラクガキしてるよ!誰か悪い子がしたんや!
と緊張した鋭い目つきでお母さんに訴えたのでした。とっさのウソの大胆さ!
母さんは、頭の中がまっ白になる思いでしたいい子だと確信していたわが子が、こんな見えすいた大ウソをこんな大声で叫ぶなんて

何を言ってるの!見たのよ、お母さん。自分が描いたクセに!
大ウソつき!
と、すんでのところで叫んでしまうところでした。
そう口走ってしまうのを必死でこらえたのです。だって、逃げ場のない追いつめ方をしたらどうなるでしょう。いたずら描きをした上に、ウソをつくという二重の悪いことを、どうでもかくさねばと思い、ワーッと泣いて、ワタシじゃないよ!

学習塾関係者からおそらく

ミカが描いたんじゃなーい!と身もだえして、さらにもっと大きなウソを重ねざるを得なくなってしまう。
ただ、この場合、そういう判断がついたわけではなく、ウソのつき方に茫然として声が出せなかったのでした。
お母さんは、あまりにも見事なとことん追いつめない力なくそう!と一言つぶやいたものの、お母さんは次のことばが出ませんでした。
でも、そのまま立ちはだかっている娘に、やつとの思いで言いました。
どれどれ、見せて

ほら、こんな!!
こうぜん浩然と気張って、誰かよその子のいたずらを訴える調子のわが子の態度に合わせていけないわねえ。こんなところに落書きなんてと、つぶやくように言うと、子がそれに合わせて、さも他人を咎めるように
ホントニイケナイコトヲシテイル!

教育のうちで最大


しつけみんな気持ちよ電車の中で足を踏んだ
と言ったので、お母さんは内心
こんなつくりごとを重ねて言わせておいたら、巧妙な大ウソツキにさせてしまうのではないかしら
と、もう気が気ではありませんでした。でも一方ではいま追いつめてはならない
という戒めが猛烈に強かったのです。
·子どもの思いと同じ深さでところが、美香ちゃんは、消してやる!と声を出したか出さないうちに、小さい両手で拭きだしたので、お母さんは急いで濡れた雑巾を持ってきて、二人でゴシゴシ消したのです。たちまち落書きはあとかたもなく消えました。
消えた消えた、よかったワーと、二人の歓声がわいた時
描いてしまってから、大変と気づいた時、消せなかったらどうしようって思うものねと、ふっと口にしました。

母さんでも同じです。

すると続けて、美香自身が、思いがけずほどけた気持ちに「ホント、消えなかったらどうしようって、と思わずまともな自分の気持ちを表現したのでドキドキしちゃった」

こんな間違ったこと、する子じゃないもの。
してしまってから気づいた時、大あわて!
美香ちゃんの自尊心をいたわってくれる母親の態度に、すっかりほどけた素直さに戻った四歳児は、とっさの言いつくろいで身を固めたことももはやすっかり忘れて
あー、よかったと幼い胸の内をはき出すように言ったのです。
ではない!と必死になり、ただ、
ああ、よかったお母さんは
今誰がしたのかなど問う時と子どもと同じ深さの声だけを息とともにはき出したのでした。同じ思いを同じ深さに。
すると、です。ボロボロとほどけた四歳児の自然なことばが、一気にふき出たのでした。


先生はほとんどが女性。 子どもがその目標を見つけることができるよう 父親として私はどうするかということでした。

母さんの意地悪!

子どもにお手伝いをしてもらう迫力はないでしょう。

先生の部屋に入りますとぽつんと言われたのです。
オレがどうして広川の金を巻きあげないといられないのかを言ってやろうか……心に添うことばを重ねていると、やりきれないといった生きた感情が触発されて、人の日頃の思いが知らず知らずのうちに語りだされてくるのです。
本語調が激しくなってくるのを、私なりに本人に翻訳してやります。意を添えるのですね。

わー。調子が激しくなった。言いたいこといっぱいあるんダなどと。
私の言うことばを受けて「あるよあるよ、大ありだよ。だいたい、オレの気持ちなんか、誰か本気で理解しようなんて思ったことがあんのかよぉ。そんなもん、誰もいないよ、誰もほんとうにだーれも」

誰一人いなかったというのが正真正銘ほんとのほんとだ、ということが今の君の調子で分かる。君は実に率直な中学生だ「何が率直な中学生だい。オレはいつだって率直この上ないですよねえ、おじさん」
広川やってもおさまらないの。ん畜生!
...。
あいつの顔見てたら、むかついてくんの。
オレをバカにしやがって。

意外と出し慣れると出るようになるものなんだね声って、·いつでも反省が役に立つこの宇谷さんの話が終わった途端に、清滝さんが話し出しました。
ちょっと、私の反省聞いてよ、みんな。
私、今日昼間、自分の子が自分に似合
わず、メソメソしてはがゆくて、スポーツ嫌いに育っちゃつたって嘆いたわね。ああ、どうしよう。問題は私自身だったのね。私の子がこんなふうで残念だ残念だって、あの子の前で言うだけ言った。発奮してもらいたくて。
発奮するどころか蹴落としていたんだわでもね、みんなに言っておくわ。自分の発奮するジャンルを見つけて、あの子、自分の人生を歩いてることは確かよ。
私、今度彼に会った時、自分本意の思いこみばかり強くて、て、しっかり謝っておくわ!

育児を共同でやるにして

嫌味な母さんだったっ誰かが次のクラス会、待ち遠しいなぁ
と言ったので、またひとしきり盛り上がったことでした。

いじめは糾弾するよりほぐすのがよい

·心に添ったことばに誘われて弱い者いじめをしなくては納まらない人に、なぜいじめるのかと、問うほど愚かしいことはありませんね。せいぜいやったら自分の気が晴れるからだと答えるのが関の山だと思いますが、なぜ人をいじめたら気が晴れるのかとさらに尋ねても、そんなことは本気に考えたことなどないのであって、ことばにつまるばかりでしょう。
なぜからはじまり3で終わる一切の問いただしは効果的ではありません。
私は君のことをこう思っているという向きの、いわば相手の心に添ったことばをかけてやることが、何かを引き起こすと思います。

母親の思いが過剰な厳しさとなって


子供がうつむい経験が今はじまったば「さんざん広川君を殴ったり蹴ったり、時には金を巻きあげて、いじめたいだけいじめたらそれで、君の気は晴れるのだと思う?」

ああ、晴れるよ。大いに晴れるサ。それがどうした
だのにだよ。だけどだと、説教は嫌だとそっぽを向くだのに、なんでこんなこと広川にしなきゃならないんだという思いがチラッとも起こらないというわけじゃない断定する「何を、分かったふうに言っているんだ、おじさん。そんなこと思ってたら、何もできないよ。オレは何も考えたことないさ」

考えたことはなくても感じてるさ。人だもの。人間なんだもの
ややっこしいことを言うなあ。人だよ。人間だよ。だからやりきれないんじゃないか。

中学生になって

オレがどうして広川の金を巻きあげないといられないのかを言ってやろうか……心に添うことばを重ねていると、やりきれないといった生きた感情が触発されて、人の日頃の思いが知らず知らずのうちに語りだされてくるのです。
本語調が激しくなってくるのを、私なりに本人に翻訳してやります。意を添えるのですね。

わー。調子が激しくなった。言いたいこといっぱいあるんダなどと。
私の言うことばを受けて「あるよあるよ、大ありだよ。だいたい、オレの気持ちなんか、誰か本気で理解しようなんて思ったことがあんのかよぉ。そんなもん、誰もいないよ、誰もほんとうにだーれも」

誰一人いなかったというのが正真正銘ほんとのほんとだ、ということが今の君の調子で分かる。君は実に率直な中学生だ「何が率直な中学生だい。オレはいつだって率直この上ないですよねえ、おじさん」
広川やってもおさまらないの。ん畜生!
...。
あいつの顔見てたら、むかついてくんの。
オレをバカにしやがって。

母親にけなされてやす子ちゃんも負けてはいません。


母親の姿はど
やっても、·いじめの心の裏側にあるものに気づくいじめは、いじめた者の本気のほとばしりのことばで、ねば、問題の本質が隠されて陰湿になるばかりです。
しっかり思いを表出させてやら結局、この例の場合は、広川なる少年が、なんだかいつも情けなげなしょぼついた顔をしているのが目について、この少年をいじめた金沢なる少年は、おまえ、うつとい奴ゃ。
その顔、どこかにしまえ
なんて、侮蔑することばを吐いたのだとか。
もしも、相手が負けずに言い返してくれば、それはそれで、ああ言えばこう言うで気晴らしになるんだそうですが、広川少年は、まるで相手にしない態度で、何かあれば先生か
誰かに助けてもらうさ、といった逃げ腰のくせに強い者の陰に逃げる態度がとてもむかむかしたのだとか。

母さんはよほどしっかりした言葉

やるかとかかっていっても相手が無抵抗では、気晴らしにもならず、金をせびりとろうとすれば、ひややかに軽視しながら、言われた通りに出す。
いつも気が滅入った時には気晴らしのいい対象として、ということでした。
金沢は広川をいじめ続けていたいじめは、その背景にあって影響を与えたり、刺激になったりしているものの正体を、よほど幅広く理解し、周りのみんなが心をくつろいだものにしなければ、根本的解決が難しいですね。


経験が今はじまったば 七五三の写真で得た収穫である。 子供を持つ

子供が思うはずもありません。

いじめは跡を絶たないことになります。


学校から帰って来るのを待ちかまえてと尋ねるのが常になりました。
それをとてもいやがるのだから困ってしまいました。
わが子にとって、男の子の扱いがわからない子どものことでこんなに懸命になったことがないと思うほど、さあどうかしなくてはと気負いたち、努めれば努めるほど、あの子をいらだちに追い込んでいるのではと、今は実に大切な時だと思うのですが、女きょうだいだけで育って、心配でたまらなくなりましたちょうどこういう時だったのです。
に来られたのは……。
私の本を読んで、このお母さんが私のところへ相談お互いに違った精神を抱く時「ご主人は古巣の奈良に戻って安堵の思いでいる。それを見ているあなたは、ああ私も自分の古巣が懐かしい、でももはや帰るところはなくなっているとの不満と不安でイライラ。
しかも転居直後で落ち着かな~。耕一君はと言えば、思春期特有の不安定さの上に、はじめての関西暮らしによる周りとの不協和音。
教育をやめるとか親

母さんの気持ち

お父さんにとってほっとする故郷でも、子どもたちにとってははじめてのもの慣れない関西。瞳ちゃんも幼いながらそれなりに努力しており、自分のことで精いっぱい。これまでで一番家族の気持ちのありようが、バラバラに別れた時期なのですね」
こう推測する私のことばに、久野夫人はこう話しました。
言われてみるとそうですのね。
家族のみんながはじめての関東で寄り添いあったのとは、このたびの奈良への引っ越しは違いますね。私、妙に夫やわが子と自分とは、別個の存在なんだ、というなんか疎外されているという感じで心もとなく孤独なんです。

 

成績が落ち始めついに登校拒否になってしまい

耕一には、何でも言ってと頼めば頼むほどそっぽを向かれるばかりで、どうしていいのか分かりません。耕一の今まで見せたことのないいらだったうっとうしそうな顔をみてると、私を毛嫌いするのは、私にもともと母親としての愛情が欠けていたのかしらと、心配になってこのあいだも耕一、母さん、何かおかしい?何が気に入らないのか言ってと言うと、らを立てたように激しく
おまえのことはおまえで勝手にやれよ。うるせーんじゃ。いろいろと!
むかつばって……。いつからおまえ呼ばわりになったんでしょう。こちらに引っ越して、にわかにあんなふうな変わりよう。私、親として自信がありません私はこう答えました。
分かりあうというのは、なんでも知っておいてやるということではないのですよ。気分をキャッチしおいてくれている、とでも言うのかなあ。
伸ばしてあげてほしいのです
幼稚園でいい子だ

子どもを実験すれば

どうだった?って、執拗に聞いたり、言わせたがったりするよりも、帰宅してきたわが子の様子を見ただけで、学校でのノリの悪さを察知して「ああ、ごくろうさん。学校に慣れるまで気疲れするわよね。熱いお茶でもいれようか?クッキーの残りがあるから、あれをどうぞ。あなたの大好物」
なんて、親は自分の判断で、少々ズレていてもいいから、あっさりと安定した態度でいたわってやるのですね。ズレていたら子どもが訂正しますよ
あっ、クッキー残ってるの。やったぁ。ことばがさあ、なんだかダサイんだよ。気疲れとかさ、大層なことじゃないんだけど。標準語で自然にしゃべってるのが羨ましいのか、奈良の連中ったら、ひがんでやがんのなんて、子どもからつい平生の思いがことばに出やすい雰囲気ができますよことばが少々荒れていたとしても、彼なりに学級でのやりとりに合わせるのに懸命なんでしょう。

子どもは驚いてその様子を見に行きました。

なさいね。
いちいち目くじら立てるのはやめて、気持ちの流れを大切にしてやり気持ちの交流がスムーズだと、あなた自身親として、で神経質に考えることなどなくなってしまいますよ愛情が欠けてるのかどうかまそれじゃあ私、親として自信をもってていいんでしょうか
「そんな質問をことさらになさると、私、子どものように反発心がおこります。そんなぁなたが、自信を持ってなぜ悪いのでしょうかって、意地悪く聞き返したくなりますよ」
とまどいとはにかみと自信との交錯したさわやかな笑顔が、私の前にはありました「自信を持っていいのですよ。
子どもに対する評価

子育ては不安ととまどいの連続です。


愛情については、私は自信がある。そう確信したら、いい関
係が自然に整って、自分にふさわしい愛情が心の底から湧いてきますよ」
愛情は元からあるのではなく、胸がぬくもって出やすくなると湧いて出るものなのです。
三カ月ほど後に、彼女は二度目の来所をしました。
「お話しくださったテープの録音、何度も何度も聞きました。率直に言って、先生の話をじっと聞きながら、実際のあれこれ、耕一についての記憶を思い浮かべてばかりいました。
そしてすっかり自信を回復しました。これからはしっかりやってみます。ありがとうございました」