子どもの稽古事

小学校へ入ってもなおもらす。

子どもの適性も勘案せず
早い話が、人たちには、今私が書いた自我エゴということばを、正確に理解している人が少なすぎます。
今の日本のたいがいの大今の世の中、どこまでも新鮮な平和を生み出し続けてやっていこうという工夫を大人たちもまだ充分に身につけていないのです。あなたの、自分をまともに見続けていこうとする素直な心を、もっとこわがらないで、誰にでも見せてうなずきあえる時代が来るよう、一緒に願い続けましょう。
この短いお返事では、考えることの十分の一も書けません。
四十人まとまっての授業が、どれだけうんざりするものか。
でもそれが現実ですよね。
ん。
しつけのきびしさでもわかります。

子供の前で一方が他方を悪く言う

一日も学校を休まず補習も最後まで受けるというあなたの努力は間違っていませきっとその中には役に立つことが少しはありますよつまらないことばかりのどんな体験の中にも、いろいろかくれているものです。
砂金のように、小さな役立つことがあなたからのお手紙は、むしろ私に元気を与えてくれるものです。
ありがとう。
伊藤友宣この手紙のやりとりを読んでいただければ、いったい何を考えているのか分からない思春期の子の心を理解するいささかのヒントになるのではないかと思います。
あなたはこう言うけれど、それじゃあこれはどうなるのよといった問いつめで、論理的に問いつめて、何を言う気もなくさせるのではなくて、そういう気持ちなのに、こういう事態にこう考えてしまうわけね。

 

しつけはできない。

だってそういう事情になったのだものと、話しだす話の展開を正確に受けとめてやれば、子どもは理屈でなくて、実際の自分の体験や感じ方を、具体的に生き生きと話しだしてもくれるのですうまい聞き手になってやって、話しやすくさせ、子どもが自分で話す話の中から、自分がどうすればいいかを見つけ出していくゆとりを持ちはじめるよう、気持ちを支えてやれ
れば、子どもは自分なりのとりあえずの形で、とができるのです。
明日の一歩を踏み出していく意欲を持つこ子どもの現実の展開を子ども自身のことばで語るのを聞いているうちに、親は自分のわが子が改めていとおしく思えるでしょちょうど子どもと同世代の頃の自分を思いだし、。
う子が育つとき、親もまた人間として確かに育っていくのですね。

小さなきっかけが見つけ出せる自信

言う
ことは即r癒される
ことと気づく-·逆接でつなぐか、対位でつなぐか胸の中にわだかまっていることがあって、言ってもどうせ分かってくれないとあきらめている。
しつけのきびしさでもわかります。

経験したあとに度の覚醒をしたり嫌
いろんなわだかまりが溜まりに溜まるということは、どうしようもない心の不健康というものですね。言うだけ言わせて、自分の言いたいことが分かってもらえて中のものを外に吐き出せたらすっきりするのだ、と分かってやることです。

言うこと、それ自体で心は癒されるのだと一般に言われているのは、まさにあたっています。ただ、次のことによほど注意しないといけません。
「言いたいことは、言いたいだけ言ってごらんよ。そしたら気が晴れるよ」
と促してそれじゃ全部ぶちまけることにする
と、日頃の不平不満を洗いざらい話すとします。

 

子どもにならざるを得ない

関西弁だと
そやのにとだけどそやけどの代わりにだのにそやのにという対位の接続詞であとをつなごうとすると、どちらをとるかでなくて、いわば矛盾しあう双方の、その矛盾そのものを、互いに見つめあおうというよびかけになり、とりあえず、自分の言ったことを、相手が受け止めたのだと納得できるのですね自分の言ったことは受け止めてくれたと思えばこそ、言うことが癒されることになるのだし、実効力を感じとることができて、だのにねえの次の相手の話の内容も、聞いてもらったお返しに自分も聞いてやろうと、受け止めることになるのです。

母乳語はこどもの一生を左右する。


さて、その後です「へえ、そんな気持ちだったのとか、うーん、分からなかったなあ、そうだったのか」
など、相づちを打ってくれたり深くうなずいてくれたりすると、胸につかえていたものがなくなり、スッキリした思いになるのですが、聞き手のほうが、その言い分がそうはすんなりのみこめるばかりのものではないとすると、分かっただけではすまないものだからやおらことばを返すことになりますね
そりゃあなたの気持ちは話してくれてよーく分かった。だけどねえ……実は、このだけどねえの一語で、いま言いたいことを言ってすっきりした思いであるはずの当人が、たちまちムッとした顔になり、即刻以前と同じ重い表情にさっと様変わりし、もとに戻ってしまいがちなのですね。
日本人なら誰でも何気なく、どこでも使うのが当たり前になっているだけどという逆接の接続詞。この本で何回となく指摘してきたことを、ここでもう一度強調しておきますそれは分かるよ、だけど関酉弁だと
そやけど
代わりこ、「それはよく分かった、なぁうん。
だのに、だよ。
だのになんだ」
母としての喜びと誇りを取り戻してください。